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2007/03/10(土)
『在宅介護。「点」ではなく「線」の視点で。』

いまは多くの社会資源が整備されてきているのでそれほど気にされる方も減ってきましたが、少し前までは在宅介護は家事のひとつとして位置づけられていました(世間的、精神的なものとして…という意味です)。自分が社会福祉現場実習で伺ったことなので、もう○年も昔の話ですが、

「ヘルパーの車が家の前に停まっていると、近所からいろいろと陰口いわれるんだよ。だから、ヘルパーさんは少し離れたところに車を停めて、普段着で訪問するんだ。あと、玄関先で絶対に”○△社会福祉協議会から来ました”なんて名乗ってはいけない」
「家族の人から、”車だと目立つので自転車で来て下さい”と言われたことがある」

いまだにあのとき感じた衝撃が胸に残っています。そして、施設に入れることは親不孝だと後ろ指をさされることもあったそうです。

残念ながら、田舎に行けば行くほど、今でもこの考え方は強く残っているかなと思います。
そして、新興住宅地等の場合、隣がどんな生活をされているのか知らないことも多いですよね。当然、近所づきあいも希薄になり、 「向こう三軒両隣」なんていう地域関係もなくなっていきます。実際に、学生にこの言葉の意味を聞いても、「知らない」というのが大半です。となると、地域にすぐに頼れる、あるいは相談できる身近な人がいるんだろうか?できるんだろうか?そういう課題も想定できると思うのです。
そういう意味でも、在宅介護をしている家族を身体的にも精神的にも支えるという課題は、介護保険制度が充実していく中でより一層議論を深めていかなければならないし、介護福祉に携わる専門職を養成していく自分たちも、その問題意識を学生さんたちに伝えていかなければいけないと思うのであります。

育児と違って介護は長期化するほど手が離せなくなるし、育児は○年後には手がかからなくなるという目安がたつけれども、介護はいつ終わるか先の見えないマラソンみたいなものです。身体にかかる介護はもちろん、メンタル面でもサポートしていかなければならない…追記の記事の通り「介護する家族が生き生きできるように好循環を作っていく」ことが大切だと思います。訪問したときの現場だけに対処する「点」ではなく、介護の変遷、時間的経過を見据えることの出来る「線」への感性をもつことが、好循環づくりのきっかけになるのではないかと思います。


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どうにか、こうにか:
父が認知症になった時/33 訪問看護師

 ◇介護する側が生き生きと「家族を支援するのが大切」
 認知症の父が肺炎を患い、急性呼吸不全で他界して、まもなく3カ月になろうとしている。四十九日法要、納骨も執り行ったが、母はまだ、父のいない日々をどう送っていいのか戸惑っている。笑顔の遺影を目にすると、「いい写真だけど、何か話しかけてきそうで悲しくなる」とつぶやく。医師、ケアマネジャー、ヘルパー……。在宅介護で父は私たち家族に多くの出会いをもたらしてくれた。そして、早くから父の容体を見続けてくれたのが一人の女性訪問看護師だった。【安部文晴・47歳】

 ◇疲れた母に息抜きを勧め--病状チェックだけでなく
 「安部さーん」。玄関のチャイムが鳴り、入ってくるなり明るい声で父に声をかけるのが、その看護師の習わし。アルツハイマー病についての知識が乏しかった私たち家族にとっては、頼れる存在だ。64歳になる看護師は大学病院で認知症患者の看護について学び、その後、在宅で介護する家族を支える訪問看護を中心に行うようになったのだという。
 「訪問看護師にとって大切なのは、患者さんの病状をチェックするだけではない」といい、「生きることは楽しいこと。そして、時間と共に能力が衰える認知症のお年寄りを家族がいとおしく思いながら介護できるようにするのが仕事」と言い切る。
 我が家の場合を振り返ると、父がアルツハイマー病と診断され、徐々にさまざまな能力を失っていく中、母もまた介護に疲れていった。介護の間に息抜きをすることに後ろめたさを覚え、化粧さえもしなくなった。そんな時、看護師が勧めたのが、趣味のコーラスの練習の再開だった。
 だが、母はコーラスの練習を再開することをなかなか決心できないでいた。ヘルパーの訪問介護の時間帯を調整するなどし、「試しに一度、行っておいでよ。もし、それで病状に変化があったら、中断すればいいんだから」。私も懸命に勧めた。
 「コーラスの練習に行ったことで、お母さんの様子も変わりましたよ。CDの音楽をかけ、お母さんも一緒に歌を歌ってお父さんに聞かせるようになりましたからね」と看護師は振り返る。「その時、言ったんですよ。『ほら、お父さんも楽しそうに聞いていますよ』とね。それからお母さんの介護も変わったんじゃないでしょうか」
 介護する側が生き生きと介護をすれば、患者の気持ちも安定し、介護も楽になる。そして、楽になれば、介護者も次の介護への意欲がわいてくる。こんな好循環の介護のお膳(ぜん)立てをするのが、訪問看護師の役目なのだろう。
 「血圧を測ったりするのは、仕事のほんの一部」といい、「在宅介護をする家族を支援するのが大切」と話す。だから、訪問看護師にとって訪れる家庭の環境を知ることが不可欠なのだ。玄関の靴の脱ぎ方、トイレの汚れ具合--こんなところから、認知症の患者のこと、家族の関係などを読み取り、家庭にふさわしい看護方法を考えるのだ。
 認知症の高齢者を担当する訪問看護師が避けて通れないつらい役割も担っている。それは、認知症の高齢者がいつか迎えなければならない「死」に対する心の準備を家族に持ってもらうこと。「在宅介護をしている家庭は、いつも患者さんと一緒です。ですから、家族と患者さんを少しずつ離していくことも必要になります」ともいう。
 この看護師が所属する訪問看護ステーションの看護師数は3人。約60人の患者の家庭を訪問している。「これがギリギリの人数」という。「これから認知症のお年寄りを在宅で介護する家庭はもっと増えますよね。もっと看護師を増やさないのですか」と尋ねると、「若いナースを育てたいのだけど、仕事もきつく、決して給与も多くないので、なり手が少なくて悩んでいる」と寂しげに言った。=次回は24日に掲載

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 ■募集
 ◇認知症の悩みや体験、お待ちしています
 家族が認知症になり、「徘徊(はいかい)」などの問題行動が表れたとき、どのように接し、応対していますか。皆さんのアドバイス、体験をお寄せ下さい。記事に対する感想もお待ちしております。
 郵便は〒100-8051(住所不要)毎日新聞生活家庭部「どうにか、こうにか係」まで。メールは表題を「どうにか」として、t.seikatsu@mbx.mainichi.co.jpへ。

毎日新聞 2007年3月10日 東京朝刊

出所:MSNニュース

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