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2007/05/18(金)
『涙の理由』

今、介護福祉学科の2年生が介護実習にいっております。今日で2週目が終わり、折り返し地点となります。どうでしょうか?この2週間は長かったですか?それとも短かったですか?
実習巡回を通じて学生さんの実習をみていると、自分が実習生だったころを思い出します。
(実習も講義のひとつということで、今回は「講義」カテゴリにいれてみました)

あの頃の実習は、、、ということで、少し昔話にお付き合いください。




自分は現場経験がなく、わずかな期間の実習やボランティア体験で、教えていただいた知識を具体化する努力をしてきたわけですが…。
当然、失敗や気づかなかったこと、後々になって気づいたこと、諸々あります。今の2年生には話してない(今年卒業した子たちには話しましたね)と思いますが、今となっては笑えることもありますし、今でも思い返すと涙が出てきそうになる出来事もあります。

実習でレクリエーションをやらせていただくことになったとき、利用者の方々と一緒に歌えることをしよう!と企画しました。とはいえ、曲をカラオケの機械に頼っては味気がない。。。そんなわけで、演歌の本を急きょ買ってきて、そのコード表をギターで覚え、生演奏でやってみたのです。物干し竿にいくつも模造紙を貼り、歌詞とコード表を書き、1曲終わっては紙をめくる…そんな歌巻きを作りました。
そして、ただ登場して一緒に歌うだけではつまらない。。。施設にあるレク財の中から、着れそうな衣装を拝借しまして、、、自分ともうひとり、男の子とセーラー服に金髪のカツラをまとい、せっかくなので白い絵の具で顔を真っ白に塗りたくり(自分たちは化粧のつもり)、颯爽と登場!…当時はセーラームーンとかが小学生に人気だったのですよ。

…利用者の方々は、突然でてきた変なヤツラに唖然。。。遠くのほうで、職員さんたちだけが大爆笑。みてくれはおかしくても、知ってる曲を歌えば、少しずつ手拍子や歌声が聴こえてきて。。与えられた時間の中でそれなりのことはできたのですが、その後で職員の方に、「ちゃんと事前に利用者のことを観察して、どういう嗜好があるのかを見極めないと。選曲だけじゃなく雰囲気づくりも相手に合わせてやらないと。…でも、自分たちはしっかり笑わせてもらったよ」そんな注意とお褒めの言葉(?)をいただきました。

ついでに、その施設では宿泊実習をさせていただいたのですが、最終日に実習指導の生活相談員の方に「きみたちは歴代第3位(2位だったかな?)の汚さだったよ」と苦言もいただいてきました。

若かりしころの青春の1ページです。(笑)

 


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また、ある施設では自分の至らなさを強く感じたこともありました。自分たちが聞いていることに対して、トンチンカンな答えを返してくる利用者の方がいました。
「痛いところないですか?」
「昔はモノがなくてねえ。でも、自分は健康だったからよかったけど、、、」

「ああ、大丈夫ですね。(汗)」

このとき、「この方は認知症(当時は違う言い方でした)かな?だったら真剣に話の内容に向き合わなくても大丈夫だろう」と思ってしまったのです。今思えば、「認知症の方の話に真剣に耳を傾けない自分」も愚かなわけですが、そんなやりとりが続いていたのです。

ところが、期間がきてもうすぐお別れ。各部屋をまわって挨拶をしているときのことです。
「短い間でしたが、ありがとうございました」
「子どもが小さかった頃はヤンチャで、ろくに言うことも聞かないで…」
(心の声:最後だし、ちょっと話きいてみようかな)
「元気なお子さんだったんですね」
「でも、大きくなってからはいい子になってね。あなたを見ていると、自分の子どもを思い出すようなのよ。懐かしいことを思い出させてくれて、ありがとうね」
「え、、、!?」

その方は認知症ではなかったのです。なんのことはない、本題にいくまで前フリが長かっただけなのです。そういう気質をもつ方だったのです。そんな簡単なことに気づかず、「相手を理解するためにはきちんと観察することが大切で、、」などと大層なことを記録に書いていた自分が恥ずかしく、またその方に本当に失礼だと感じ、あまりの自分の小ささに「え、、、」の後は何も言えず、ただただ本当に号泣するのみでした。


あれから、「きちんとする」や「ちゃんとする」という言葉に敏感に反応するようにしています。「きちんと」って何をどうすることか、「ちゃんと」とはどこまでやって”ちゃんと”といえるのか…学生さんにとってはただの揚げ足取りのように聞こえるときもあるでしょうが、そこはボカしてはいけない部分だと思うのです。
「よく観察して、、」というときに「”よく”とはどういうこと?どの部分をどの程度観察したら”よく観察した”といえるの?」学生さんにそうツッコミをいれるときの自分は、目の前の学生さんたちだけではなく、未熟すぎた昔の自分を戒めてもいるのです。

もちろん、今もまだ未熟であります。何一つ完成していません。ゆえに「具体的になにをどうするのか」という問いかけを忘れず、同じ過ちを繰り返すことのないように意識しているのです。
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◆ ショートドリップさん
誰かの句を批評できるほどの才はありませんが…。^^;
見れば見るほど、切ない恋愛句のように感じるのですが、邪推でしょうか?(笑)
ちなみに俳句ブログは、投句や返句するときはIDとパスワードが必要ですが、コメントだけならばIDなく書けますよ。
2007/05/21(月) 22:05:40 | URL | [ 編集]
ショートドリップ
先生の素晴らしい句に私も自身の日記から昔書いた句(5・7・5・7・7)を俳句のページにて返句(返句とは少し違いますが)使用としたらIDとパスがあり断念しましたのでここで披露させていただきますのでご感想をお聞かせください。
”歩み寄る いつ消え行くと 心から 目を閉じ想い 足元を見る”
2007/05/20(日) 00:22:35 | URL | [ 編集]
Mt.side
◆ かよさん
これがフィクションだったら、作家として大成できそう(いや、ない)ですが、残念ながらノンフィクションでございます。
未熟者と自覚するからこそ、努力することの意味を知るのだと思います。自分はバッチリ!と思った瞬間に成長は止まることでしょう。日々努力と忍耐です。
2007/05/18(金) 20:54:08 | URL | [ 編集]
かよ
グッと来ました(苦笑)
そういう事を何度も経験して、経験しても尚、同じ事を繰り返してしまうんですけどね(笑)
でも、それが「人間味」てものではないでしょうか?
未完成だから学ぶものも沢山ある。
そして、自身で学んだものを誰かに教えることによってまた逆に教えられるものもある。
「人」とはいつまでたっても完成されることのない「未熟者」の名称だと思います(^-^)
私も「未」のいっぱい付く未熟者です!
2007/05/18(金) 17:41:27 | URL | [ 編集]












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