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2007/11/20(火)
『分かるのだけれど、、、権利について独り言してみる』
いま、ニュースで”消滅した国民年金が2000億円!”ということで、メインをはっている古館さんが厚生労働省の姿勢をかなり批判されていました。

国民年金は、受給年齢に達したからといって自動的にもらえるわけではなく、申請して初めて受給される…というシステムをとっています。しかも、受給可能年齢から5年以上申請がない場合、該当期間については受給資格が失効することになっています。
これについて、ニュースではVTRで民主党の某議員が厚生労働省役員とバトルしていましたけれど、、、

失効の是非はともかく…申請受給という形は、福祉を考える上では基本になる考え方だろうと思うのです。
もちろん、国民感情的には「何のために保険料はらってきたと思ってるんだ」という気持ちはわからないでもありませんし、もし自分の身近な人がそういう事例になってしまったら、一緒になって国に文句を言うかもしれません。

ですが。。。そういう気持ちにブレーキをかける自分ももう一方でいるんですね。
福祉は、人間の幸福を担うひとつの柱です。よく概念規定でも言われますが、最広義の「福祉」とは国民全般の幸せ、広義の「福祉」とは一般政策における国民生活水準の向上、狭義の「福祉」とは社会保障制度を意味します(手元に参考資料がないので、大まかに言えば…ということでお許しください)。少なくとも、自分はそういう概念わけをして教わりました。
そして、福祉の獲得は国民の権利であって、国はその権利を保障する義務がある…そのへんが憲法で言うところの幸福追求権等と生存権ということになると思うのですが、あくまでも福祉は国民の権利であり、権利は行使して初めて意味を持つものになります。

だからこそ、措置も生活保護の受給も、福祉制度の利用は国民の権利であるとして「自ら動く」=申請主義をとっているのです。

そういうことを福祉法制の中で教わりました。

そういう意味で、年金は狭義の福祉である社会保障制度のひとつですから、黙っていても受給できる…というものではないというのは感情的には理解できても、福祉のシステムを考えれば…う~ん、厚生労働省の役人が言うことも否定できないんだよなあ。。。という思いをしています。

そもそも、歴史的にみても、権利って国民が自らの血を流して獲得してきているんですよね。ヨーロッパの専制政治と国民のぶつかりあい…様々な革命は、国民が自らの権利を獲得するためのものでしたし、そういう意味で、与えられるものではない…と思うのです。
逆に日本の場合は、戦勝国の管理下で日本国憲法が制定されてますし、自ら掴み取る前に与えられた…という経緯があることから、現代の社会に生きる者として権利意識は高くても、権利行使意識は低いのかもしれません。

そんな感想をもちながらニュースをみていました。
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横山じゅんいち
◆ 茉莉花さんへ
福祉は自立に向けた支援をするものの、つまりエンパワーメントの視点がなければ、「惰民養成」だとか「ただのバラマキ」なものとなってしまいます。そうならないためにも、自ら知ろうとさせるサポートが必要です。弱い立場の人々への配慮はもちろんですが、そういった人たちが受身のままでいい…というわけでもいきません。講義ではそれを「啓蒙が必要」という一言で済まされてしまうことが多いですが、それをどう具体的に現実的問題として進めていくのか考えていかなければいけませんね。
2007/11/22(木) 18:48:08 | URL | [ 編集]
茉莉花
確かに私たち日本人は権利を勝ち取ってきたことって少ないですね。
(女性の参政権は数少ない勝ち取った物でしょうか)
朝日訴訟を期に社会保障制度は自ら獲得するという意識が出てきたようですが、特に生活保護においてはまだまだですね。
そういう観点から申請主義は分からなくもないですが、知らない人は損をする!? 権利獲得のためには自分で勉強する努力も必要だと思いますが、いわゆる弱者といわれる人たちは知る気力や手立ても持たないことが多い。年金をもらっていない人の中にはそういう人も多いのではないでしょうか。国の姿勢は弱者への視点が欠けているように感じます。
2007/11/21(水) 16:42:20 | URL | [ 編集]












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