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2008/01/17(木)
『1月17日』
今日は思い出話をしたいと思います。

13年前の1月17日。この日は阪神大震災でした。
その当時は大学2年生で、関西にある某私立大学に所属していました。確か、後期末試験の前日で友人と一緒に遅くまで勉強していたはずです。そして、明け方(AM5:46)に激しい揺れを感じて飛び起きたのです。

その友人も飛び起きたらしく、即連絡をとり、とりあえず合流してニュースをチェックしよう。そんなことで、試験のことそっちのけで一緒にニュースに釘付けになっていました。もちろん、大学の試験は全て延期となり、自分も当時所属していたボランティア団体を通じて、被災地に向かいました。

幸い、大学の友人たちに死傷した方はなかったものの、生活の基本である住居が全・半壊被害に遭われた方や、実家がお寺で避難所になって毎日炊き出しに追われる毎日だという方がずいぶんいました。

ボランティアといっても、医師や看護師のように役立つようなことは何もできず、散乱した家屋の運び出しや高齢者や子どもの話し相手といったサポート的なことをやらせていただきました。大人たちは悲壮な心境でありましたが、子どもたちの元気な顔にこちらもずいぶん救われたことが今でもつい昨日のように思い出されます。
そんな子どもたちも、夜になると途端に恐怖に震えます。激しい揺れがあったのは明け方のまだ暗い頃でした。そのため、暗闇は恐怖そのものと直結していたのです。子どもたちだけでキャンプをはり、一緒に寝泊りしていましたね。


そういえば、ボランティアしている最中に、被災されていた方から声をかけていただきました。


「よぉ兄ちゃん、あんたも家なくしたんか。辛いなあ。お互いがんばろうや」


ヒゲを剃るヒマもなくボロボロの格好になっていた自分が、その方には同じ境遇のように見えて、励ましてくれたのでしょう。ご自身も辛く励ますような余裕もなかったであろうというのに、この一言にボランティアである自分が励まされたのです。

「はい、がんばります!」とその方に礼をしたことを覚えていますが、自分がその方に何も言葉をかけていなかった…ように思います。今でもそのときの場面を思い出すと、情けなくなります。



関西、特に神戸に住まわれている方にとっては、1月17日は特別な日です。いつも漠然と生きている自分にとっても、その方々の何十分の1にも満たないかもしれませんが、やはり特別な思いのある1日なのです。
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