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2006/06/02(金)
『死について考える。』

今日の朝日新聞朝刊の一面で、大岡信さんが「折々のうた」というコラムを書いてらっしゃいました。
いや、いつも書いてらっしゃるのかもしれませんが。^^;
そこで、山本かね子さんの歌を紹介し、


通夜の席に笑声起こる死は所詮他人事にてビールがまはる


についていろいろなことを書いていました。で、その締めくくりとして
「しかし現実には、右(Mt.side@このブログでは上)に揚げたような歌のような事態が一般的な社会。」として、喪に服する場面で笑いながら酒を飲むことを批判している…ように思えます。



ここにちょっと異議あり!!

うちの地元では、風習として山本さんの歌のように、通夜(あるいは告別式)の後に親戚一同そろって宴会をします(多分)。小さい頃、曾祖父母の葬式のときの記憶ですけどね。
その酒宴のときは笑い声ばかり。むしろ故人を偲んで泣いてる人はいません。
それほど曾祖父母たちと自分仲がよかったわけではないですが、幼心に


「葬式に酒飲んで騒ぐなんて非常識だ」みたいなことを思ったのでしょう。もう少し大きくなってから、両親に尋ねたことがあります。すると両親は



「残された人がいつまでも泣いていたら、ひいおじいちゃん(おばあちゃん)が、安心してあの世にいけないでしょ?だから、悲しくてもその気持ちをこらえて、わざと笑顔で送り出すんだよ」


のようなことを言ってました。そこには、死を他人事として笑い声でいるのではなく、故人を思えばこその笑顔があるのです。他人事の死ではない…そんなふうに思っています。
まあ、すでに形骸化して葬式の後は酒宴という形式だけが残っているかもしれない…という危惧はありますけど。。。^^;

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