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2006/06/29(木)
『「いのち」の教育。』

昨日の一時限は、「人間学演習」でした。この「人間学演習」は本学独自の科目で、建学の精神でもある「いのちの尊厳」を体験的に理解・習得するための科目です。
現在、「環境美化」「周辺調査」「耕作活動」「地域史跡巡り」の4コースに分かれ、それぞれ「いのち」「生活」「暮らし」=”life”に触れる取り組みをしています。


昨日は「耕作活動」の担当になり、学生さんたちとともに耕作地(5月上旬に植え付けしました)に出向きました。
事前に、


雑草を抜く作業が中心になるけれど、雑草もひとつの「いのち」。
なぜ自分たちがそのいのちを摘み取ろうとしているのか、そのいのちにどういう意味があるのか、考えながら作業をすることで、「ものいわぬ」いのちの見方を知ることができる契機になるはずだ


ということを言い含めておきました。


さて、耕作地にいってみると、見事に草がぼうぼうです。。。この暑さの中、雑草を相手にするのは非常に大変ですが、ここで作業しておかないと、後々の収穫に影響があるわけで。。。


作業的には、ほぼ1/3弱の雑草を除去&ワタクシは汗だく&筋肉痛(当日中に腕、翌日にふともも)があったわけですが、それ以上の収穫もありました。

A「これだけ雑草が生えているっていうことは、植え付けしたものの生命力がそれだけ奪われているってことだよね?」


B「ミミズがいるから、気をつけてねー。ミミズ殺しちゃったら土を作ってくれる命がいなくなっちゃうから」


C「雑草って根がちょっとあるだけで、すぐに生えてくるよね。すごい生命力だよ」



畑作業という現実に目を奪われ、なかなか意図している課題に目を向けにくいところも多いのですが、それでもこのような言葉がでてくる…。雑草をみて「いのち」に思いを馳せること、その経験の積み重ねはいずれ社会に出てから触れ合うであろう、多くの支援を必要としている人々が内面に持つ”いのちの炎”に気づくことにつながると思います。その「いのち」を見つめ、それをもっともっと輝かせるために何ができるのか。


遠くない未来、介護のプロフェッショナルとして活躍する学生さんたちが忘れてはいけない


「人を見る」こと
 ⇒ 「その人の暮らしを見つめる」こと
  ⇒ 「生活に寄り添う」こと
   ⇒ 「ともに生きる」こと
    ⇒ 「生命のダイナミクスを感じる」こと


そういう豊かな人間性を培う基盤になってもらえれば、、、教員としてそんな願いを込めれば、太ももの筋肉痛も心地よい痛みになる。。。かな?なんて思います。それが自分なりに解釈している「いのちの教育」だと考えています。


今日は珍しく(!?)真面目な話をしてみました。^^;

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Mt.side
ありがとうございます^^
本当に重労働です。昨日(木曜日)の朝に太ももに筋肉痛を感じてから、今朝(金曜日)になってもまだ筋肉痛が続いています。。。><;
2006/06/30(金) 09:02:51 | URL | [ 編集]
maboroade
お疲れ様です。
次回は、我々グループがしっかり、草取りしときます。
2006/06/29(木) 21:02:35 | URL | [ 編集]












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